【中日ドラゴンズ】名選手列伝・番外編「伝説のスカウト・法元英明】

最終更新日 2022年5月2日

目次


1、はじめに


2、入団前に関わった主な選手


3、おわりに

憧れの甲子園

1、はじめに

かつて【中日ドラゴンズ】にも、
二刀流がいました。

1956年~1957年の2年間で、
特筆すべき成績ではありませんでした。

その男の名前は
【伝説のスカウト・法元英明】です。

選手時代よりも、
スカウトになってからの実績が
素晴らしいので「名選手列伝・番外編」として、
【法元英明】を紹介します。





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2、入団前に関わった主な選手

 

松本幸行(まつもと・ゆきつら)
投手・デュプロ印刷より
1969年ドラフト4位で入団

法元英明スカウト第一号の選手
所属のデュプロ印刷に
挨拶なしの指名のため
ひと悶着あっての入団。



三沢淳(みさわ・じゅん) 
投手・新日鉄広畑より
1970年ドラフト3位、翌年入団

1970年入団拒否で、
新日鉄広畑に入社
1年間の説得後、
1971年ドラフト前に入団。



鈴木孝政(すずき・たかまさ)
投手・千葉県立成東高校より
1972年ドラフト1位で入団

担当スカウトではなかったが、
鈴木孝政の速球にほれ込み、
フロントに猛烈にアピールした結果、
ドラフト会議当日の、指名直前に
1位候補だった選手を外して、
鈴木孝政を指名した。



田尾安志(たお・やすし)
外野手・同志社大学より
1975年ドラフト1位で入団

同志社大学時代は二刀流。
ピッチャーとして貴重な左腕で
プロでも通用する実力だったが、
法元英明は、バットスピードの速さで
田尾安志がバッターとして活躍できることを
確信し、バッターとして入団。



都裕次郎(みやこ・ゆうじろう)
投手・滋賀県立堅田高校より
1976年ドラフト1位で入団

知人の紹介で都裕次郎
高校3年の春に存在を知る。
夏の甲子園の滋賀県予選で
じっくり見る予定だったが、
1回戦で敗退。
練習試合での1試合見ただけで、
素質を見抜き
ドラフトで1位指名を進言する。



小松辰雄(こまつ・たつお)
投手・石川・星稜高校より
1977年ドラフト2位で入団

他球団に
同級生が1位で指名されたことで、
プライドが傷つけられ、
駒沢大学に入学準備を始める中、
法元英明の熱意と誠意のある説得により、
入団にこぎつけた。



牛島和彦(うしじま・かずひこ)
投手・大阪・浪商高校より
1979年ドラフト1位で入団

ドラフト会議前から、牛島家と接触があり、
法元英明の人柄から、家族とも意気投合し、
ドラフト前から
「中日以外なら社会人に進む」と宣言した。
その結果、単独1位で指名。



彦野利勝(ひこの・としかつ)
外野手・愛知高校より
1982年ドラフト5位で入団

法元英明の息子さんが、
彦野利勝の高校の1年先輩で、
息子さんの見学に来ていた時に
監督から紹介されたのが、
きっかけになる。


藤王康晴(ふじおう・やすはる)
内野手・愛知・享栄高校より
1983年ドラフト1位で入団

甲子園で11打席連続出塁の大会記録を
マークした地元の逸材。
「地元のスター候補生」は是が非でも中日に
という中での入団。
(藤王のことは、
高校1年から注目していたが、
入団当時法元英明は二軍監督)



山﨑武司(やまさき・たけし)
捕手・愛知・愛工大名電高校より
1986年ドラフト2位で入団

1986年当時、法元英明はフロント業務で
本人との関わりはなかったが、
その素質には、
高校2年より注目。
山﨑武司は巨人ファンで、
中日は一番入団したくない球団だと
言われていた。

プロを目指し練習





立浪和義(たつなみ・かずよし)
内野手・大阪・PL学園高校より
1987年ドラフト1位で入団

法元英明がスカウト復帰後、最初の指名選手。
体は小さいがセンスとメンタル面に注目し、
ドラフト1位指名候補に。
当初のドラフト1位候補は大学生だったが、
社会人に進みオリンピックを目指すため、
プロ入り拒否。
そのため急遽1位指名。
南海と競合の末、
星野仙一監督が当りくじを引き
入団。



井上一樹(いのうえ・かずき)
投手・鹿児島商業高校より
1989年ドラフト2位で入団

高校2年の頃から
ストレートの凄さが
「金田正一」を彷彿させるほどの
逸材として注目していた。


平田洋(ひらた・ひろし)
投手・愛知・豊田大谷高校
1993年ドラフト1位で入団

地元の逸材なので他球団に渡せないと、
ドラフト前から1位指名を公言し、
なりふり構わず平田獲得のために動く覚悟。
結果は、単独で1位指名でき、
高校生として球団記録となる
契約金1億円で入団。


正津英志(しょうつ・えいじ)
投手・NTT北陸より
1997年ドラフト3巡目で入団

大学時代からスピードボールに注目していたが、
卒業時の指名は見送り。
NTT北陸に入ってからもチェックし続け、
1997年の都市対抗野球での好投で、
指名を決定。
ドラフト当日、正津英二は、
ハワイに新婚旅行。
法元英明最後のドラフト指名選手。



浅尾拓也(あさお・たくや)
投手・日本福祉大学より
2006年ドラフト3巡目で入団

法元英明が、解説者として
中日スポーツに連載していた
「金の卵発見」コーナーに、
日本福祉大学の濱嶋監督より推薦があり、
浅尾拓也と出会う。



伊藤準規(いとう・じゅんき)
投手・岐阜城北高校より
2008年ドラフト2巡目で入団

「金の卵発見」コーナーに、
ダルビッシュ二世と紹介。
メンタル面に課題があると指摘。


田島慎二(たじま・しんじ)
投手・東海学園大学より
2011年ドラフト3巡目で入団

「金の卵発見」コーナーで紹介。
田島の両親は、
この紹介記事で
中日に入団することができたと
法元英明に感謝。



福谷浩司(ふくたに・こうじ)
投手・慶応義塾大学より
2012年ドラフト1巡目で入団

高校2年に初めて見た時に、
身体能力の高いとの
印象を持つ。



浜田達郎(はまだ・たつろう)
投手・愛工大名電高校より
2012年ドラフト2巡目で入団

大谷翔平、藤浪晋太郎、
とともに
高校ビッグ3と言われる。

ビッグ3の中で、最初に完封勝利。



祖父江大輔(そぶえ・だいすけ)
投手・トヨタ自動車より
2013年ドラフト5巡目で入団

中学卒業まで、
どこのチームにも所属せず、
毎日父親と二人で練習。

実践経験がないので、
レギュラーになったのは、
高校3年になってから。

法元英明が初めて見たのが、
大学2年のときで、
ストレートが早くて重いとの
印象を持つ。






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3、おわりに

 

 

【法元英明】が入団に携わった選手は41人で、
その7~8割が戦力として活躍しただろうと、
本人が著書の中で振り返っていますが、
この数字は驚くべき数字で、
【法元英明】が「伝説のスカウト」と
言われる所以ではないでしょうか?

また、
【法元英明】が解説者時代には、
ソフトな口調で温かみのある話し方や、
分析力のある明快な解説から、
その人となりを感じることができ、
私は好感を持ち、
特にラジオでの解説の日は
楽しみにしていました。

このようなところからも、
【法元英明】が入団に携わった選手や親御さん
に信頼され、
数多くの優秀な選手が中日に入団し、
その選手たちの活躍で、
常時Aクラスを争うチームが
できたのではないでしょうか?

強く、魅力のあるチーム作りに陰で
努力してくれた
【伝説のスカウト・法元英明】
一ファンとして、
改めて感謝します。


最後まで読んで頂きありがとうございます。


参考書籍:ぴあ株式会社中部支社・発行
法元英明・著
ドラマは球場の外にある


参考資料:ウィキペディア



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