【元中日ドラゴンズ・鈴木孝政】のプロフィールと投手成績を紹介!

最終更新日 2021年9月13日


目次

1、はじめに

2、鈴木孝政のプロフィール

3、投手成績

4、おわりに

高校野球のエース

1、はじめに


【鈴木孝政】は高校時代、甲子園の出場が
ないので、中央では無名に近い投手でしたが、

千葉県では【鈴木孝政】が投げる試合は
球場が満員になるほどの注目度でした。

【中日ドラゴンズ】入団後も、
快速球を武器に
抑えのエースとして大活躍しました。

抑えとして、3年連続で「規定投球回数」を
記録するほどの酷使がたたり、
肘を故障してしまい、
快速球が投げられなくなり、
「ボールの緩急」で勝負する投手に
なり、抑えから先発に回り、
コンスタントに成績を残すように
なりました。

そんな【鈴木孝政】の輝きと苦悩を
プロフィールと投手成績で
紹介します。

ぜひ「話題のタネ」にして下さい。





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2、鈴木孝政のプロフィール


1954年7月3日:千葉県山武市生まれ

1970年4月:千葉県立成東高校入学
野球部に入部し、1年からエース

1971年:夏の選手権、東関東大会の
準決勝敗退

1972年:春の関東大会、決勝で敗れる

1972年11月21日:ドラフト会議で
中日に1位指名され入団

1973年4月19日:川崎球場の
大洋戦で初登板

1974年8月7日:中日球場の巨人戦で
プロ初勝利

1974年8月18日:中日球場の阪神戦で
プロ初セーブ

1975年:最多セーブ投手賞受賞

1976年9月14日:ナゴヤ球場の大洋戦で
プロ初完投勝利

1976年:最優秀防御率賞受賞
最優秀救援投手賞受賞

1977年:自己最多の18勝を記録
最優秀救援投手賞受賞

1982年7月1日:ナゴヤ球場の巨人戦で
プロ初完封勝利

1983年8月19日:ナゴヤ球場の阪神戦で
プロ通算1000投球回数達成

1984年:カムバック賞受賞

1986年4月12日:ナゴヤ球場のヤクルト戦で
プロ通算100勝達成

1986年8月15日:ナゴヤ球場の阪神戦で
プロ通算1500投球回達成

1986年9月5日:ナゴヤ球場の阪神戦で
プロ通算500試合登板

1989年7月21日:浜松球場のヤクルト戦で
ラリー・パリッシュから
プロ通算1000奪三振達成

1989年:現役引退



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3、投手成績

年度球団勝利敗戦セーブ奪三振防御率
1973中日00なし00.00
1974 中日 422533.52
1975 中日 98211172.98
1976 中日 78261182.98
1977 中日 18991313.76
1978 中日 1039462.09
1979 中日 109333.00
1980 中日 4312362.73
1981 中日 688433.20
1982 中日 970563.11
1983 中日 740483.65
1984 中日 1680604.07
1985 中日 8120664.15
1986 中日 990783.15
1987 中日 960604.50
1988 中日 430343.13
1989 中日 340274.72
通算17年124949610063.49
鈴木孝政投手成績

4、おわりに


1972のドラフト会議で【中日】
直前まで、
中日スポーツでも紹介されていた
この年の目玉の一人
選抜優勝の日大桜丘のエース
「ジャンボ・仲根正広」を
指名する予定でした。

しかし、直前のミーテイングで
スカウトの「法元英明」の
熱弁にうたれた監督代理で出席した
「近藤貞夫コーチ」が
【鈴木孝政】の指名を決断したと
いわれています。

この時の決断が正しかったかどうかは
わかりませんが、
確実にいえることは、
【鈴木孝政】【中日】の球団史に
名を残し、記憶にも残る
「名投手」ということです。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

参考資料:ウィキペディア

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【中日ドラゴンズ】名選手列伝
「切れ味鋭い快速球・鈴木孝政」
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